エキゾチックハドロン
\(\quad\)物質には,原子,原子核,核子(陽子・中性子),クォークという階層構造が存在する. 一般に核子のようなクォーク多体系,強い相互作用をする複合粒子はハドロンと呼ばれる. 従来,ハドロンにはクォーク・反クォーク対からなるメソン \(q\bar{q}\) と3つのクォークからなるバリオン \(qqq\) が知られ,2025年現在,400種類以上のハドロンが観測されている. しかし近年の実験技術の向上により,このメソン・バリオンの描像では説明が難しく,4クォーク \(qq\bar{q}\bar{q}\) や5クォーク \(qqqq\bar{q}\dots\) からなると考えられるエキゾチックハドロンが発見された. 2003年のBelle実験による \(X(3872)\) の報告以降,\(Z_c(3900)\) や \(Y(4260)\),近年では \(T_{cc}(3875)^+\) など,特に重いクォーク( \(c\) クォークまたは \(b\) クォーク)を含む場合に続々と新たなエキゾチックハドロンが報告されている. エキゾチックハドロンの存在は量子色力学(QCD : Quantum Chromodynamics)の非摂動領域における新たな物理現象を示唆するものとして,理論・実験の両側面から盛んに研究されている.
\(\quad\)
散乱理論
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重いクォークを含むハドロン有効模型
エキゾチックハドロンの多くは \(c\) クォークや \(b\) クォーク重いクォークを含む. クォークの質量がQCDの非摂動的スケール \(\Lambda_{\rm{QCD}}\) より十分大きいとして,質量無限大の極限 \(m_Q\to\infty\) をとると,QCD ダイナミクスが幾分か単純化されることが知られている. 重いクォークを一つ含むハドロンに対しては,重いクォークと軽いクォーク間でやり取りされる典型的な運動量スケール\(p^{\rm{ty}}\)は \(\Lambda_{\rm{QCD}}\) 程度であり,重いクォークはほとんどon-mass-shellである. 重いクォークの速度の変化量は\(\delta v=p^{\rm{ty}}/m_{Q}\) 程度であり,非常に小さい. \(m_Q\to\infty\) の極限のもとでは,重いクォークはほとんど静止していることがわかる. したがって,重いクォークはハドロンの静止系で静止し,静的なカラー源として振る舞う. そのような事情から,重いクォークを含むハドロン間には,次のような近似的対称性が考えられている.
重いクォークの 4 元運動量 \(p^\mu\) は,重いクォークの 4 元速度 \(v^\mu\) と residual momentum と呼ばれる \(k^\mu\) に分けられる(以下, \(v^2=1\) とする).
\[ p^\mu = m_Q\,v^\mu + k^\mu, \quad k^\mu \ll m_Q\,v^\mu \]
重いクォークの場 \(Q(x)\) は以下の射影演算子 \(P_{v\pm}\) を用いて,\(h_v^{(Q)}\) と\(H_v^{(Q)}\) に分けられる:
\[ Q(x) = e^{-i m_Q v\cdot x}\Bigl(h_v^{(Q)}(x) + H_v^{(Q)}(x)\Bigr), \quad P_{v\pm} = \frac{1\pm /\!\!\!v}{2}, \]
\(\;P_{v+} + P_{v-} = 1,\;P_{v\pm}^2 = P_{v\pm},\;P_{v+}P_{v-}=0,\; /\!\!\!v\,h_v^{(Q)} = h_v^{(Q)},\;/\!\!\!v\,H_v^{(Q)} = -H_v^{(Q)}.\)
静止系では \(v^\mu=(1,\mathbf{0})\) なので,\(h_v^{(Q)}\) が\(Q(x)\)の大部分を占め, \(H_v^{(Q)}\) は \(1/m_Q\) 程度で抑制される.
これらを踏まえた QCD における 重いクォーク の Lagrangian は
\[ \mathcal{L}_{\rm QCD}^{(Q)} = \bar h_v^{(Q)}\,(i v\!\cdot\!D)\,h_v^{(Q)} + \bar h_v^{(Q)}\,i /\!\!\!\!D_\perp\, \frac{1}{i v\!\cdot\!D + 2m_Q - i\varepsilon}\, i /\!\!\!\!D_\perp\,h_v^{(Q)}. \]
さらに \(\mathcal{O}(1/m_Q)\) のオーダーまで展開を行うと,
\[ \mathcal{L}_{\rm HQET} = \bar h_v^{(Q)} (i v\!\cdot\!D)\,h_v^{(Q)} + \frac{1}{2m_Q}\,\bar h_v^{(Q)}(i /\!\!\!\!D_\perp)^2 h_v^{(Q)} + \frac{g_s}{4m_Q}\,\bar h_v^{(Q)}\sigma^{\alpha\beta}\mathcal{G}_{\alpha\beta}h_v^{(Q)} + \mathcal{O}\!\bigl(1/m_Q^2\bigr), \]
ここで \(\sigma^{\alpha\beta} = \tfrac{i}{2}[\gamma^\alpha,\gamma^\beta],\) \(ig_s\mathcal{G}_{\alpha\beta} = [D_\alpha,D_\beta]\) とすれば,
\[ (i/\!\!\!\!D_\perp)^2 = D^2 + \dfrac{g_s}{2}\,\sigma^{\alpha\beta}\mathcal{G}_{\alpha\beta}. \]
極限 \(m_Q\to\infty\) では先頭項のみが残り,重いクォーク のスピンに依存しない (Heavy Quark Spin Symmetry, HQSS)かつ フレーバーに依存しない(Heavy Quark Flavor Symmetry, HQFS)ことが分かる. 2 項目は HQFS を,3 項目は HQFS・HQSS の両方を破る効果を持つ.
HQFS・HQSS に潜む物理的描像は,soft gluon は \(\Lambda^{-1}_{\textrm{QCD}}\) のスケールで起こるダイナミクスしか明らかにできないというものである. 軽いクォークは重いクォークの色荷によって引き起こされるchromoelectric interaction しか受けることができず,重いクォークのスピンやフレーバー情報を運ぶchromomagnetic interaction は\(m_Q\to\infty\)の極限で消える.
Heavy quark anti-diquark symmetry (HDAS) は Savage と Wiseによって提案された,重いクォーク と 重い反ダイクォーク を対応させる近似的対称性である[Savage & Wise, 1990]. 例えば,doubly heavy baryon 中のカラー \(\bar 3\) の \(QQ\) diquark はカラークーロン相互作用でコンパクトに束縛され,\(m_Q\to\infty\) 極限では点状のカラー\(\bar{3}\)のカラー源として見なすことができる. これは \(\bar{Q}q \) メソン中の \(\bar{Q} \) と同等の役割を果たすためである.